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第37回定例研究会報告

こりあんコミュニティ研究会第37回定例研究会報告        2013年12月5日

 テーマ:「台湾の近代遺産にみる重層的歴史経験−韓国・旧南洋群島を補助線に」
 報告者:上水流久彦(かみずる・ひさひこ) 
 日時:2013年12月5日(木)19:00~21:00
 場所:大阪市立大学都市研究プラザ「西成プラザ」  参加者:14人


 今回は広島県立大学の教員で人類学者の上水流久彦氏に「台湾の近代遺産にみる重層的歴史経験−韓国・旧南洋群島を補助線に」というタイトルで報告していただいた。上水流氏は、近代遺産を国家の歴史認識や国家認識を考えるうえで重要な「モノ」になっていると捉え、台湾では、日本植民地統治時代の建築物が古蹟に指定され、その利活用が進んでいることを本研究会の主題とされた。
 古蹟はある過去を残す重要な装置であり、国家や自治体が何を集合的歴史として残したいかを示す象徴である。本発表では、1980年代から四半世紀にわたる台湾の古蹟認定の問題を政治状況の変化を韓国やパラオとの比較を通じて論じられた。
 上水流氏は本報告の理論的な背景として、「人類学をはじめとする植民地研究のパラドクス」を指摘された。これは、植民地主義の文化説明力を絶対視し過ぎることがもたらすパラドクスであり、また植民地支配を批判的に捉える研究が意図せざるかたちで旧植民地を植民地支配してしまうことである。また上水流氏は、旧宗主国のモノが現在も何らかの意味を持って立ち上がる仕組みや要因を過去から現在にいたる政治的、経済的、文化的要因と関連させながら論じるこで、植民地主義の問題を他の領域にも開いていくことの重要性を指摘された。
 台湾では、1982年の文化資産保存法制定以降、急激に文化財の保護に向けた動きが加速するようになった。台湾の古蹟の建築年代は植民地支配時代の建造物が約8割を占めており、その制定の時期は本土化の動きが盛んになる1995年以降となっている。以上のことから台湾の古蹟は「近代遺産」としての性格が色濃く、中国とは異なる国家アイデンティティのあらわれとみることができる。1990年代においては近代遺産として、また自己認識の表象として日本統治期の建築物が意義づけられてきたが、2000年以降は観光や文化活動をはじめとする文化空間としての意義が新たに付与されるようになっている。以上のことから、日本統治時代の建築物は多様な価値観が交錯し、重層的な意義が投影される存在になっていると考えられる。こうした状況を上水流氏は「異質な『日本』の日常生活への溶け込み、取り込まれ」と呼び、台湾は国家レベルにおいて日本は「忘れ得ぬ他者」でありつつも、個人レベルでは着脱可能な存在となっていることを指摘された。
 本報告に対し、フロアからは、「台湾の古蹟指定プロセスにおいて、集合的記憶として保存される一方で、何が忘却されていったのか」、「台湾の古蹟指定に関わる主体の権力関係がどのようになっているのか」といったアクチュアルな質問が投げかけられた。


参考文献
上水流久彦「台湾の古蹟指定にみる歴史認識に関する一考察」『アジア社会文化研究』8:84-109.

文責:白波瀬 達也
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こりあんコミュニティ研究会は、こりあんコミュニティにおける生活と文化への理解を高めつつ、当該地域コミュニティの再生のあり方について議論しながら、日本国内に限らず共同調査及び研究を行っていくグループです。
問合せ先:kocoken2009@gmail.com

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